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と よく 沢山の方が言われます。 で いつも私が思うには やはり 「自分のやりたい事をやる!」です。 "英語の勉強のために"という行動は やらない。 自分のやりたい事をニュージーランドで思いっきり やれば 結果! 必ず英語は自分に着いてきます。
自分のやりたい事をやってる状態と 言うその状況と言うのは もうすでに 目的意識がある訳で、 英語は その目的の為には 通じさせようと いう やっきになった自分があります。すると ジェスチャーであれ なんであれ 手段は選ばずに どうにかやっています。 そんな時に 英語と言う物は 「無意識に」学ぶもんだと 思っています。
いくら勉強しても それは 身に付きにくいように思います。 反対に やりたい事をやってる時は 無意識の内に人とのコミュニケーションと取っています。 そんな時に英語は 自然に憶えます。 そして その時の英語は 脳裏に刻まれてしまいます。英語を自分が追いかけるのではなく 自然に英語の方が 自分に着いて来るような 状況である事が 英語を覚える一番の早道であり 簡単な方法であるように思います。
それには 最初の ワーホリの意味と 同じ事で 自分の欲求に応じて行動する事が基本になります。「ずっと 英語の勉強ばかりしてました。 日本人と話すなんて 海外に来たら 英語の勉強の為にはいけない事、 つまり 日本人と話す事すら 罪悪感があったのです。」と 話した人も Kiwi
Houseにいました。
海外にいるからこそ 同国人と仲良くすると 言うのは 私の中では基本です。 見知らぬ土地で 同国人と同じ食べ物を一緒に食べ 同じ言葉で 話す事程 楽しく 潤す物はないように思います。英語の「ためだけに」現地の人に こびるようにフラッティングする人 ホームステイする人 そんな人は やはり 英語を追っかけているのだと 思います。
自分のやりたい事ではなく 「英語の勉強のために」が 目的ですので・・。もちろん それで良いホストファミリーにめぐまれれば ラッキーでしょうが そのラッキーな方が あまり多くはいません。 英語どころか かなり嫌な目にあって 逃げるように Kiwi
Houseにたどりつく方が 結構います。 現地の人間とのフラッティングでの 問題は 数限りなく 聞きます。 それも又 いい勉強ではあるのでしょうが 問題にかまけて 英語どころでなくなるのが 通常です。 それでは 本末転倒です。
私が 30年前 初めてロンドンにたどり着いたのは 日本を離れて すでに3ヶ月も過ぎていました。 その間 日本語は一言も話さず。 日本人に出会わなかったのです。 かなり 淋しく 苦しいでした。
それから英語学校の入学手続きに行った時に あの人はまさに日本人!と言う方が 入学手続きの列の すぐ前にいました。 赤の他人ではありますが 私は喜びに震えるくらいな気持ちで 「こんにちは!」と日本語で話し掛けたのです。 でも その人は そっぽを向いたきりで 私の声に反応しません。今度は私の声が聞こえなかったのかも・・。と 思って 大きな声で 「こんにちは! 日本人ですよね!?」 と 笑顔を作って 張り切って言ったのです。
今度は聞こえたらしく (回りにいた人達全員にも聞こえたらしく みんなで 私を見ていました。)その日本人と思える人も ようやく こちらを向いたのですが 彼女の口から出たのは 「あなた ここに何しに来たの? 英語を勉強にきてるんだから 私は日本語は話したくないのよ! 話し掛けないでくれる!?」 と 言われてしまいました。
その時のショックは 30年経った今でも 鮮明に残っています。異国の地で 淋しいし 不安だし 心の底から 笑った事が 長い間なかった私にとって それは もう とても惨めな 思いでした。 その時 自分は ああはなりたくないと 心の中で誓ったのです。それから クラスが始まり 自分のクラスにも 他に1人日本人らしい女の子がいました。 あの 彼女ではなかったけど もう 苦い思いはしたくなく 自分のクラスの日本人らしき女の子には 何ヶ月も声をかけませんでした。
でも! その彼女の方から 何回も ニコリと 言う笑顔を投げかけられていて それから かなりたった後です。 いきなり ナニかの拍子に 彼女話すようになったのは・・。それからは もう 関を切ったように 彼女と喋りまくり!! どうにも止まらないくらい しゃべり続けました。 彼女も全く私と同じ状態で 日本人に飢えていたのです。私のロンドンでの生活が 一挙に活気付きだしました。
彼女がしていた アルバイトを私も紹介してもらって始めました。 バイト先は 一流ホテルの掃除婦。 そこで フィリッピン人・スペイン人の友人を何人も作りました。 イギリス人で お年寄りのドアマンは いつも私に暖かい HUGを沢山してくれました。ホテルの従業員用食堂では コックさんが いつも私にデザートを 特別テンコ盛りにしてくれて HAPPYな気分にしてくれました。
そして 彼等はみんな同士的友人で 何かにつけ 私を助けてくれたのです。そんなわけで 私の場合は 日本人とつるむ事 イコール 日本人以外の人間と 「本物の交流」が 出来ました。 そうやって知り合った友人たちは 彼等のパーティーに私を招待したり 週末に一緒に出かけたり 思いがけない 日本人以外の人間との交流を得るチャンスが沢山できました。
もう そうなったら 私は 英語の練習のために 英語を追っかけているのではなく、 英語が おのずと私の後について来ているのを感じました。 そんな状態で 憶える英語は 簡単に脳裏に刻まれ 今の私の英語力の基盤は あの時にほとんど作られたと言っても過言ではありません。そして 私に仕事を紹介してくれた あの日本人の彼女を通じて 又 沢山の日本人と知り合いになり フラッティングをしました。
その フラットメイトの 日本人は みな現地の企業に勤めていました。 彼等は一日中 英語だけで 仕事をしていました。 彼等にとって フラットに戻ってくる事が オアシスに戻るように 大切な事でした。 見知らぬ国で 生活する事は 本当に 大変な事です。 精神的にやられてしまう人も 少なくありませんでした。 異国の地で 日本人との交流 そして 一緒に住む事を 罪悪と 思わず オアシスを持つと言う風に 私は考えます。
Kiwi Houseに住んで 日本人達と とても 楽しくやって いる人程 日本人以外の人の友人が多く ニュージーランド生活を有意義に過ごしている現象を 私は 1989年から 見て来て 感じています。それを私自身が発見したのは 1973年の時です。住む所が 安心して 休み エネルギーを補充できる処だからこそ 日本人以外の人間との出会うチャンスを得るくらいの 冒険が出来るのだと思います。 人間突き進むだけだと 壊れてしまします。 充分な エネルギーを 常に補充してください。それが おのずと 一番有意義なニュージーランド生活を過ごす事に つながります。
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